ロンドン 徒然子連れ

イギリス ロンドン 駐在員の夫と私、2人の子どもと共に過ごした2年半の備忘録です。

終わらない終わりに

 私たちのイギリス生活は、2年半。毎日驚きと発見があり、私にとってはあっという間だった。悲しいことや悔しいこともあったが、それ以上に楽しいことや嬉しいことがあった。

 子どもたちも逞しく生き抜き、無事に帰国し、日本で幸せに暮らしている。

 

 というわけで、以上が私たち家族のイギリス生活備忘録です。おしまい!

 

 

 

 と、なるはずだった…。

 しかし、この話には続編が待っていた!笑

 

 今、再びのロンドンへ。続編も記しておこうと思う。「続?再? ロンドン徒然子連れ」頑張ってスタート!

中学帰国入試 あれこれ補足

 ドタバタで始めた、我が家の長男の、超!短期決戦:中学帰国生入試。個別指導塾で、幸いにも良い講師の先生に出会うことができ、9月からはとにかく算数だけを指導していただいた。

 たしか、10月半ばくらいからは、5:1くらいの割合で英語もみていただいたのだが、我が子が通っていたのは一般の塾なので、帰国生レベルの英語を指導できる講師は少ない。我が子の志望校のレベルや傾向から、主に英検の問題集を解いていたように思う。

 後から知ったのだが、帰国生専門のオンライン塾なるものがあり、英語の指導はそちらでも良かったのかもしれない。

 

 また、秋からは帰国生向けの外部模試も受けてみた。受けたのは以下の3種類。

・JOBA 入試直前実力テスト

・ena 帰国生模試

早稲田アカデミー帰国生模試(名称不明)英語のみ

 どれもコロナ禍のせいか自宅受験が可能。このうちJOBA とenaの模試は毎月あり、9月は算数と英語だけ、10月からは国算英で受験した。ハッキリ言って、全然できなかったのだが、それをあまり落ち込むタイプではないし、毎月少しずつ成果が見えたので、我が子には良かったと思う。

 

 ともあれ無事に合格を手にすることができ、今となっては良い思い出だ。

 

 あるママ友が、「中学受験は情報戦」と言っていた。きっとそうなのだろうと思う。海外に在住したまま受験の準備をし、学校見学も行く機会がないまま志望校を決めるためには、何より情報が必要だと思う。

 一方で国内に在住していると、選択肢は星の数ほどあり、学校選びも千差万別、情報の波にのみ込まれそうになったり。自分たちはこうだ!というブレない考えを持つことが大切で、案外子どもは決断してしまえば早いのだが、親が迷ってしまうこともあった。そんな時、夫の「変える必要、ないんじゃない?」という気楽な反応が私には救いだった。

 個人的な考えだが、中学受験は夫婦のどちらか1人は冷静(我が家の場合は夫)でいた方が上手くいく気がする。

 

 受験を終えて、しばらくの間は親子で成功体験に酔いしれていたのだが、数年経ち、ますます過熱する中学受験戦争に、下の子が挑戦している今では、大変おこがましいことであったと自覚している…。

中学受験は突然に④

 下書きに保存して、そのまま時間が経ってしまった…

 

 さて、9月から志望校の試験日まで、短いながらも我が子の挑戦の日々を、思い出すことのできたことだけ記録してみよう。

 

・やる気スイッチ不発の9月

 親としてはこの時期が一番苦悩した。周りの子は2,3年あるいはそれ以上の期間塾に通い、休暇には講習を受け、すでにずっと先を行っている(ような気がした)。彼らは毎日何時間も勉強しているはずだ。なのに我が子ときたら…塾の宿題をサラッと終わらせてゲームをしている!!やる気あるのかっ?!と怒りの日々。

 しかし、今考えると当たり前だ。今までそんな習慣がなかったのだから。いきなり始めた受験対策、もう時間はない!と焦るのは私だけ。本人は、ダメなら公立の中学に行けばいいし〜、といたって呑気な様子だが、本当は失敗したら悲しいから、平気なふりをして強がっていたことも母は知っている。やめたいとは言わなかったので、叱咤が多めの叱咤激励を続けた。

 本格的にやる気を出したのは、多分11月くらいだったと思う。せっせと塾に通い、空いている日は塾の自習室に行っていた小さな背中が懐かしい。

 

・情報漏洩の10月

 我が子の通っていた小学校は、中学受験をするお友達は当時はそんなに多くない、と聞いていた(実際は1月になると、隣のクラスの3分の1くらいのお友達が受験に備えてお休みしていたが!)。

 ところで、私は子どもと「受験することを内緒にしよう」などと話し合っていなかったため、気づけば我が子が受験するという情報は、いつの間にか周りの知るところとなっていた。

 子どもに聞くと、「友達に聞かれたから、正直に答えただけだけど?」とのこと。何人かのお友達には、志望校まで聞かれて話していた。「じゃあそのお友達は、どこを受けるの?」と邪な気持ちで我が子に尋ねると、「え、知らない。だって興味ないし。」とあっさり。

 特に隠すことでもないし、我が子の学校では帰国受験をするお友達もいないようだったので、気にしないことにした。

 一般的には、受験についての話はお友達としない方が良いのかもしれないが、雰囲気の良いクラスだったことも幸いし、我が子も一般受験で頑張っているお友達数人と、「お互い頑張ろう!」と励まし合うことができたようだったので、結果良しとしよう。

 

・焦りは禁物の11月

 9月から受け始めたいくつかの塾の帰国生模試。9月、10月は飛行機に例えると滑走路を走っている状態だったが、11月はようやくわずかに離陸!3教科それぞれ点数が伸び始めた。特に算数は、本人も成長を実感していたようだった。

 このままで間に合うのか?!過去問も始めたりした方がよいのでは??と焦る私。塾の先生の話では「今はまだ基礎から応用に入ったとこで、過去問を解く段階ではありません」とのこと。なるほど、焦りは禁物。お任せするしかない。

 ちなみにこの時期に、遅ればせながら滑り止め校を決定した。

 

・正念場の12月

 いよいよ受験まで1ヶ月。本人も先生たちも力が入る。この頃は放課後に塾の授業がない日は自習室に行っていたのだが、たしかコロナ禍で風邪が流行り始めたりしたため、自習室に行く回数を減らしたり、何かと神経質になる時期だった。

 そうは言ってもまだ小学6年生。我が家では、クリスマスと大晦日&元日はいつも通り家族で楽しく過ごしたのだった。

 そしてなんと12月も終わりに近づいた頃、やっと過去問に取り組んでいた!先生の言葉「お母さん!なんとかなりそうです!」が私は未だに忘れられない。

 

 

 いよいよ本番!

 当日の心得だとか、こうした方がいい、あれはやめた方がいい、と綴るべきことは特になし。笑

 多分、私の方が緊張してあまり覚えていない…。我が子も緊張している様子だったが、塾の先生が前日に電話をくださり、何やら励ましの言葉をかけてくれたようで、それが力となり、無事に合格を勝ち取ることができた。

 

 最後に我が子が、「お母さん、僕、受験して良かった!」と言った時の満足そうな笑顔が何よりの思い出となった。

中学受験は突然に③

 さて、突如始まった我が家の中学受験。夏休み前に参加した学校の説明会で、今さら気づいてしまった受験算数の壁。

 というわけで、まずはちょっと問題解けるかやってみよう→結果、息子「なにこれ?!学校で習ったことも見たこともない!」

 え、中学受験の国語とか算数って、学校で習うのと違うの??

 お恥ずかしながら、私たち、まったくの受験素人親子だった。

 

 時はすでに小6の夏休み。とにかくまずは算数対策を始めなければ!といろいろ探したが、近所に帰国生が通う塾が見つからず、個別指導塾の門をたたいた。

  塾の担当者の方に、受験を検討した経緯、志望校と志望理由などを相談したところ、「本人の力次第ですが、やってみましょう!」と言われた。

 

 実はそれ以前に、帰国子女専門の塾にも相談していたのだが…。志望校を告げると、「今からでは正直言って厳しいです。毎日通うくらいの気持ちで取り組んでも厳しいです。」と言われてしまった…いや毎日通ったらいくらかかりますか?!と、私は心の中で叫んだ。始める前からそんな圧力にビビりまくり、その塾は諦めて、近所にある個別指導塾へ相談に行ったのだった。

 

 結論からいうと、我が子にはこちらが合っていたように思う。まずなんと言っても通いやすさ。前述の塾は、自宅から少々遠く、毎日放課後通うとなると大変だと思ったが、こちらの個別指導塾は最寄駅にあり、バスで10分くらいと通いやすかった。

 また、本来彼は、友達と一緒に勉強するのが好きなのだが、みんなでガツガツ受験勉強をしている最中に放り込むのは本人にはプレッシャーになりかねないし、個別指導塾には小学生から高校生までいろいろな生徒が来ていて、勉強スタイルも様々。そのため、よくお隣のお兄さんの様子が気になってしまうことはあったようだが、先生と二人三脚、自分のペースで勉強を進めることができたようだった。小学生の生徒には希望すれば「指導ノート」を書いてくれて、先生が今日の様子と勉強内容や宿題を記入してくれたのもありがたかった。

 

 ちなみに、最初の相談では、以下のことを話し合ったと思う。

①受験動機: 英語の取り出しのある学校に進学したい

②志望校: 現在受験を考えている2校

③希望の指導科目: 受験算数、余裕があれば英語対策も

 この時は、たしかに時間的に厳しいが、まずは体験授業で本人の算数の能力をみてから今後のスケジュールを決めましょう、と言われたように思う。

 

 体験授業では、初めての受験算数なので当然ながらできるわけなかったが、解き方を習うと嬉々として取り組み、のみ込みも早いようで、まずは当初の志望校を目指して、算数に重点を置いて始めてみよう、ということになった。

 

 遅ればせながら、中学受験スタート!である。

 

 

続く

中学受験は突然に②

 我が子の「学校つまらない」問題が発覚し、私の夜な夜なインターネット検索が始まった。

 

 恥ずかしながら何の知識もなかった私は、こんなにたくさん私立の学校があるのか?!?!と驚くばかり。そして、こんなにたくさんの学校が帰国生入試をしているのか?!とまた驚き。最初に参考にしたサイトは、以下の3つだったような気がする…。

日能研 帰国生入試日程

・海外帰国子女財団 学校紹介

・JOBA 帰国子女受け入れ校特集

 これらを参考に、①家から通える距離で②英語の取り出し授業があり③2教科あるいは3教科で受験できる学校をいくつか調べた。


 この間に、息子は英検に挑戦し、準1級を取得。この合格が彼の自信となったようだ。そこで改めて、英語の取り出しがあり、息子に合っているのではないかと思う学校の話をしたところ、説明会に行ってみようかな、と前向きな気持ちになった。これを見て夫も、じゃあまずは学校見学に行ってよう、ということに。

 

 説明会…コロナ禍だったせいなのか、とにかく予約をするだけで競争みたいだった…児童1人につき保護者1名、学校によっては児童は6年生のみ、など制約がありこれにも驚いたのだが、実際行ってみると、大きなホールや体育館にたくさんの人が来ていてまたビックリ!帰国生向け説明会なのに、こんなにいるのか…大丈夫かなぁ息子、と少々焦りもした。

 

 当の本人は、説明の内容やパンフレットに興味深々。説明会後には満足した様子で、学校の先生に受験資格の確認をしに行ったり。そこでその学校の受験担当の先生から、「70点取れたら合格できるからね!算数は、塾とかで勉強してる?」と聞かれて、「いいえ!でも大丈夫です。僕、算数得意です!」と答えた息子に、先生は困惑した表情…。

 あれ?算数って、、塾行かないとマズいやつ??

 そう。この瞬間、やっと気づいた私たち。というか私。受験算数を舐めてはいけないのだ。

 

 実はこの時すでに、小6の夏休み目前…なので、とにかくできるだけの努力はしてみよう、合格できなくても大丈夫、近所の中学校があるよ、という姿勢で挑むことにした。

 

続く

中学受験は突然に①

 さてさて、帰国生の親となると、帰国後の受験を考えられる方も少なくないのではないだろうか(当時は知らなかったけど)。時間が立ち過ぎてしまったけれど、今回は我が家の「ドタバタ&駆け足中学受験」について思い出してみたいと思う。

 

 イギリスでは上の子が土曜の補習校に通っただけで、塾通いはしていなかった我が家の子どもたち。つまり、国語以外の日本の勉強のケアを特にせずに過ごしていた。下の子に至っては、ほとんど何もしていない。

 帰国後も、近所に公立中学があるので、特に中学受験も考えてはおらず、塾通いもしていなかった。英語だけは、帰国子女財団の保持教室にお世話になっていた。

 そんな我が家だが、その後、急に中学受験に舵を切ることになる。今回はその回想録。

 

 上の子は帰国してしばらくは、とても楽しそうに小学校に通っていた。学校の宿題も、音読と漢字プリントくらいで、放課後は自由にお友達と公園で遊ぶ日々。まさに小学生を満喫!していると思っていた。

 

 が。ほんの少しずつ、変化が。

 1年ほど経つ頃から、「ああ、明日も学校かぁ…」「行きたくないなぁ…」と言い始めたのだ。日曜の夜は特に落ち込みがひどい。最初はサラリーマンみたいだな、なんて笑っていたけれど、笑えないくらい習慣化してきた。

 学校には無理に行かなくても良い(いや、本当はダメなんだろうけど)。というのが私たち夫婦の考えなので、「休んでもいいよ?」と言ってみるが、もともと真面目な性格の彼はぶつぶつ言いながらも休むことなく登校する。そして帰ってくる時は、友達と楽しそうに帰ってくる。そのあとはお決まりの公園へ。でも、夜になると、また落ち込む。

 なんだろう、このスパイラル…。何かあった?と聞いても、特に何もないと言う。隠し事が下手な子だし、嫌なことがあると必ず話してくれるので、嘘ではないようだ。お友達とのトラブルも無さそう。

 行きたくないなら行かなくても良いんだよ、でも、何が理由かは知りたいし、それがわからないと助けてあげられないから、自分でも自分の気持ちを観察してみてね、と話した。

 何度か話しを聞いた結果、どうやら以下の理由が大きいようだった。

 

・授業がつまらない。できない子のケアだけに時間がかかって、それ以外の子は待つだけで課題がない。

・先生が優しすぎる。すごく生意気なことをいうクラスメイトや乱暴な子を叱らないことにイライラする。

・体育が苦手だと馬鹿にされる。

・英語の授業が、苦痛でしかない。

 

 どれも些細なこと、ともいえるが、積もり積もって学校が楽しくない、となってしまったようだ。

 さて、どうしたものか。。。辿り着いたのが、「帰国子女の子が通うところへの中学受験を視野に入れてみたらどうか」ということ。

 今?!やっとそこ?!と、早くから中学受験に挑むべく準備されている方からすれば、何してんの!だろうが、やっとそこに辿り着いたのだった。

 

 まずは夫と話し合い。当初は受験を考えない、という方向で一致していたため、難色を示された。息子に受験の話をやんわりとしてみたが、やはり乗り気ではない。

 あれ?私間違えてるかな??

 そんな悩みを解決してくれたのが、職場の先輩ママさんたちだった。すでにお子さんが結婚された方から今中学生の方、中学受験をされた方、されなかった方、受験したけれど残念ながら合格しなかった方、お子さんが帰国子女の方、といろいろな経験を聞かせてもらった。

 ここから、私の夜な夜なインターネット検索が始まった。

 

続く

帰国したら気をつけたい5つのこと

 本帰国するとすぐに日本での忙しい生活が始まる。夏休みや冬休み中など、まとまった休みに最後に家族で旅行に行き、帰国後はしばらく生活を整えて…なんて羨ましいご家族もいるだろうが、我が家はそうではなかった。

 年度始めに本帰国した我が家。夫はすぐ会社へ、私はスーツケースの中身と格闘しながら区役所→子どもの学校→生活に必要な物の買い出しと手続き、そして飛行機便を待ちつつ家の片付けに追われた。

 子どもはすぐに学校がスタート。

 

 帰国後の生活で子どもたち、そして私が気をつけたことをまとめてみよう。

 

①「ではの神」になるなかれ

 在英時、友人から言われたこと。「イギリスでは〜」「英語では〜」と言ってばかりの人のことだそう。悪気はなかったとしても、周囲から見ればたしかに感じが悪いかも…。

 これは親子で気をつけなくてはいけない。

 

②とはいえ必要以上に秘密にしない

 矛盾するようだが、我が家の子たちには、もし友達に「海外から来たの?」「英語話せるの?」と聞かれたら、それは正直に答えるようにアドバイスしていた。自慢でも謙遜でもなく、事実なのだから恥じることはない。

 

③わからない日本語は素直に聞こう

 これ、1番大事なのではないだろうか。子どもの性格にもよるだろうが、できない・知らないことが恥ずかしいと思うと、つい強がって「イギリスでは〜だった」「英語の学校では〜した」と、先の「ではの神」になってしまい、周りには自慢と受け取られ…と良くないことになると思う。

 とにかく、わからない日本語や知らなかった習慣などは、素直に友達や先生に聞くようにアドバイスした。

 幸いにも、良い先生や友達に恵まれたため、わからないことは周りにフォローしてもらえていたようだ。

 

④担任の先生とのコミュニケーション

 こちらはわたしが心がけたこと。上の子は元いた学校に戻ったので、友達も顔なじみ、知っている先生もいて、特に心配はなかった。

 一方、下の子は初めての学校、知らないお友達ばかりのため、手続きのため行った日も、緊張でシクシクしてしまう始末。それを見ていた校長先生が、「お母さん、初日は一緒に教室まで登校してください」。

 いよいよ初日、元気に飛び出して行った上の子のに続いて、下の子はしょんぼりと登校。玄関で校長先生が待っていてくれて、私も一緒に3人で教室へ。教室前で担任の先生にバトンタッチして、下の子は緊張でカチコチのまま教室へ。教室の外から見送り、校長先生に挨拶をして私は帰宅した。

 初日の夕方、担任の先生が電話で今日の様子を教えてくれた。また、日本語でのコミュニケーションには不自由ないと伝えてはいたが、校長先生の取り計らいで、念のためサポートの先生が数日ついてくださることも聞いた。

 今思えば、下の子は本当にラッキーで、この担任の先生は度々連絡をくれ、「今日はこの言葉がわからない様子でした」とか「今日の授業でこういうことをしたのですが、◯◯さんは初めてのようでちょっと苦戦していました」など、積極的にコミュニケーションを取ってくれたので、本当にありがたかった。

 おかげで下の子も、あっという間に学校大好き♡になったのだった。

 私もできる限り学校行事のお手伝いに参加するようにした。(この熱意は1年で燃え尽きたが…)

 

⑤公共の場での視線

 悲しいかな、日本は子どもにあまり寛容ではないと感じるのは私だけだろうか?バスや電車で小さい子が泣けば、周囲からは冷たい視線。席を譲ってくれる人も少ない気がする。

 イギリスで、周囲の寛容な雰囲気に甘やかされて過ごしてしまった私たち。言い方を変えれば、すっかりお行儀が悪くなって帰国した私たち。最初の数ヶ月は、少々緊張しながらお出かけした。

 具体的に気をつけたことを覚えている範囲で書き出すと…

・公共の場で、カーペットフロアだからといって座り込まない

・近距離のバスや電車の中で、むやみに飲食しない

・小学生は席は譲ってもらえないのが当たり前、むしろ譲るべき側だと思うこと

・周りの人にむやみに話しかけない

 

 今思えば、全部当たり前なのだが。私がピリピリし過ぎていたのかな…。